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2010年9月

仲井間 沖縄県知事

 仄聞するところでは、沖縄県の仲井間知事が政府に尖閣諸島周辺の警戒を強めてほしいと要請したという。

 仲井間知事に是非申し上げたい。政府にはよりはっきりと、かつ具体的に「尖閣諸島に守備隊を常駐させてくれ」と要請すべきです。

 具体的には沖縄に駐屯する陸上自衛隊・第15旅団の隷下に中隊規模(200人前後)の尖閣警備隊を創設し、1個普通科小隊に支援部隊(重迫砲、対舟艇用重MAT等)を附けた50人規模の戦闘隊を3個編成し、1カ月交代で駐留させるべし。更に、灯台守として海上保安官も若干名常駐させよう。

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大津事件

那覇地検には、内外から相当な圧力が掛っていたのだろうな。

チャーター機がスタンバっていたのは、外交レベルで話が出来ていたからだろう。

この件が、法治国家としての「滅亡宣言」にならないと良いが

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エルトゥールル号

 休日を利用して、『船の科学館』へ行ってきた。小学生の時以来、実に30数年ぶりの訪問である。目的は日本・トルコ友好120周年記念企画「海が結んだ日本とトルコ」展(9月23日まで)を見るためである。 

 いまから120年前の明治23年9月16日、明治大帝への親書捧呈(オスマントルコ皇帝アブデュルハミト2世陛下より)の大任を果たし、帰国の途に就いた木造フリーゲート艦「エルトゥールル号」は不運にも台風に遭遇、和歌山県串本沖にて遭難沈没した。特使オスマン=パシャ(海軍少将)以下600名近くが犠牲になりました。生存者69名は地元串本(旧大島村)の住民たちの献身的な働きで九死に一生を得、また新聞報道で事故を知った多くの国民から義捐金や犠牲者への弔慰金が集められました。明治大帝も事故の報に心痛められ、神戸に移送された生存者のため侍医を派遣されました。

 生存者はその後、帝国海軍練習艦「比叡」「金剛」両艦に分乗し、同年10月11日日本を発ち、無事祖国への帰還を果たしました。これが両国友好の始まりとされる「エルトゥールル号遭難事件」のあらましです。

 で、それを記念した今回の企画展だったわけですが、なかなか面白い展示内容でした。入館料700円払った価値は十分ありました。

 見学後、ついでに「宗谷」(初代・南極観測船)と「羊蹄丸」(青函連絡船)も見てきました。どちらも艦船ファンには見ごたえあるものでした。

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8月38日

9月に入ってもう1週間だというのにまだ暑い。こう暑いと体はばてるし心も折れる。秋風が待ちどおしい。(台風9号が、本州上空の暑い空気を吹き飛ばしてくれないかと、期待している)閑話休題・・・今日の昼食は珍しく中華にした。鴬谷駅近くの日高屋で、タンメンと餃子とチャーハンを食す。美味だった。これで1100円ぐらいなら安い。

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