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『暗殺者たち』

 図書館に行って『新潮』という雑誌の2月号を読んだ。この号に黒川創さんと言う方の『暗殺者たち』という作品が掲載されていて、そこに未発見だった夏目漱石の随筆と言うか寄稿文について書かれていると知り、興味があったので読んでみたものである。
 件の文章は、当時満州で発行されていた「満州日日新聞」に寄稿されたものであったという。この新聞社は満州鉄道傘下で、満鉄関係者と懇意だった漱石が日日新聞側の招待で満州及び韓国を旅行し、その体験を元に紀行文を書く予定だったところ、彼がつい先日訪れたばかりの満州ハルビン駅で、「伊藤博文公が暗殺された」という急報が入り(新聞の号外が情報源だった)、慌てて書いた文だと言う。
 伊藤博文と言えば明治の元勲で、近代国家日本の礎を築いた人物。高杉晋作や坂本竜馬、西郷隆盛と言った維新の「巨星」たちに比べるとやや影が薄いが、巨星たちが熱い時代を生き急ぎ、死に急いだ結果、生き残った彼が初代総理大臣となり、大日本帝国憲法を起草し、立憲君主体制と議会政治を日本に導入し、日英同盟を締結して日露戦争勝利に貢献するなど、日本の近代化に貢献するところ大であった。しかし、明治42年(西暦1909年)、ハルビン駅でテロの凶弾に倒れた。伊藤公は、日露戦争終結後もまだ余燼くすぶる満州問題について、ロシア蔵相ココツェフと会談する為にハルビンに来たと言う。後藤新平の斡旋ともいう。恐らく自身の目の黒いうちに満州問題にかたをつけたいと言う、「最後の御奉公」のつもりでの満州行きではなかったかと思う。だが、卑劣なテロリズムが公の命と歴史の可能性を奪ってしまった。返す返すも残念である。
 さて、漱石の文なのだが、内容は凶報に驚き慌てる様子がよくわかるものの、旅先でお世話になった誰某が事件に居合わせていたことに驚いたとかいったもの。重要人物が暗殺された割には、なんかそっけない文章で拍子抜けさせられた。同時代人の伊藤公への評価は、存外冷たいものだったのだろうか?漱石は後年執筆した作品で、主人公夫婦の会話で伊藤公暗殺に触れ、夫に「伊藤公はあそこで死んだからよかった、名を残せた」と言った趣旨の発言をさせているという。もしそれが、主人公の言葉を借りた漱石の本音だとしたら、なんともシニカルと言うか、皮相上滑りの評である。暗殺などと言う悲劇的な最期をとげなくても、伊藤公は功臣として十分名を残す存在だった。随分な物言いだと思うが、もっともそれも漱石一流の韜晦なのかもしれない。

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