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集団的自衛権の行使容認を阻止するには。

 成文憲法を有する188ヶ国中、実に158ヶ国の憲法に「平和主義条項」(戦争放棄を謳う条項、1928年のパリ不戦条約がオリジナル)が存在するという。しかし、日本以外どこの国の憲法も、集団的自衛権の行使を禁じてはいない。平和主義条項と集団的自衛権の行使は、矛盾せず並立できるというのが国際常識のようです(西修・駒沢大学名誉教授の研究による)。現在、安倍総理が進める集団的自衛権行使容認への動きは、グローバルスタンダードに沿うものと言えます。その動きを阻止するには、より強く世論に訴える必要があります。そのためには、世を覆う「嫌韓ブーム」を利用するのが効果的です。すなわち、「もし朝鮮半島で戦争が始まったら、あの韓国を助けるために自衛隊が戦争するんですよ!あの朴大統領を助けるために自衛官が死んでもいいんですか?韓国人のために日本人が犠牲になるなんて許せますか?!」と訴えるのです。これが一番、訴求力があると思います。
 しかし、歴史は繰り返すと言いますが、今から60年以上前のある状況と、今日の状況は似てるように思えます。それは、朝鮮戦争(昭和25年6月25日~28年7月27日)勃発後、吉田茂総理(当時)が置かれた状況です。アメリカは吉田に対し、GHQポツダム政令である「警察予備隊令」を出します。当初は、朝鮮半島へ出動する占領軍(米軍中心)の代わりに日本の治安維持を図る「警察力強化」という名目でしたが、戦況の悪化により要求はエスカレートし、30~50万人規模の「軍隊」を創れという「要請」にまでなったと言われます。事実上の再軍備命令、改憲要求に他なりません。吉田はマッカーサーが「プレゼント」と称する「憲法草案」を通すため、非常な苦労を強いられました。帝国憲法改正案を審議する国会審議では、日本共産党書記長(当時)の徳田球一議員に「自衛まで放棄するのは非常識だ、一国の憲法として不適当だ。ありえない」と質され、「あらゆる侵略は自衛の名ではじめられるので、我国は自衛も含めてあらゆる戦争や武力紛争を放棄するのだ」と、苦しい答弁をして突っぱねました。そうまでして通した憲法を、手のひらを返すように反古にするアメリカのご都合主義に、吉田は怒り心頭だったと思います。しかも、もし本格的な軍隊を再建すれば、アメリカの指揮下で朝鮮半島で戦わされる可能性大です。終戦後の混乱期、一部の朝鮮半島出身者による生田警察署襲撃事件(昭和20年12月24日)や直江津駅リンチ殺人事件(同年12月29日)などの暴力事件が多数発生し、朝鮮半島出身者に対する国民の心証は大変悪化していました。韓国の李承晩大統領(当時)は、対馬領有を宣言(昭和24年1月7日)するなど、反日的姿勢を露わにしていました。吉田も心中、苦々しく思っていたと思います。それを、選りにも選って、李承晩を助けるために日本人が朝鮮半島で、アメリカの弾よけ代わりに戦えと言うのか?!もはや、怒りを通り越して絶望的な気分になったのではないかと、推察されます。しかし、一国の宰相に絶望している暇はありません。この時、吉田が下した決断が、今日のもつれにもつれた憲法と自衛権にまつわる問題の濫觴であったやに思われます。集団的自衛権について考える上で、まずはこの原点に戻って、吉田の行動について検証し直す必要があると、思います。

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