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長江ツアー船「東方之星」転覆事故は防げたのか?

 日経ビジネスオンライン『世界鑑測 北村豊の「中国・キタムラリポート」』に、先日発生した長江ツアー船事故のレポートが掲載されていた。以下は、その要約。(若干の注釈含む)

 事故を起こしたのは、重慶市に本拠を置く国有企業、「重慶東方輸船公司」(1967年設立)所有の客船。同社は外国人観光客向けの豪華船「東方大帝」と、国内向けの「東方之珠」「東方之星」「東方王子」「東方皇宮」「迎賓3号」を所有し、「東方」と冠された5隻は、重慶市当局から「文明船」(マナー船)の認定を受けていた。

 ツアーは11日間の予定で長江を遡航し、途中観光地に上陸し、観光を楽しむというもの。料金は最低で998元(約2万円)。予定では5月28日に南京市を出港し、途中「石鐘山」「九江」「赤壁」「三峡」を巡り、6月7日に重慶市の朝天門埠頭に着く予定だった。

 事故当時、旅客405人、ガイド5人、乗組員46人、計456人が乗船。乗組員の内訳は、船長、一等航海士3人、操舵主3人、甲板長1人、水夫3人、機関長、一等機関士1人、二等機関士1人、三等機関士1人、給油係3人、電気係1人の計19人および、旅客部門にマネージャー1人、責任者1人、放送係1人、班長1人、サービス係9人、作業員14人の計27人。合計で46人。

 事故を起こした「東方之星」は分類は普通客船。1994年2月に建造され、97年及び04年に改造。乗客の定員は534人。諸元は全長76.5m、幅11m、型深さ3.1m、喫水2.5m、総トン数2200t、純トン数1320t。就役から21年経過していたが、廃船期限の30年には達していなかった。

 5月28日13:00(現地時間。以下、同)に南京市を出港した同船は、昼間は観光地に寄港して乗客は上陸して観光を楽しみ、夜間に長江を遡行するスケジュール。
 事故のあった6月1日には、早朝に赤壁市についた後、乗客は有名な「三国赤壁古戦場」を観光。観光終了後、11:38に荊州市に向け出港。しかし、この段階ですでに天候が怪しくなりだしていた。次第に天候は荒れ模様となり、19:00ごろに湖北省中心気象台が「気象災害4級緊急対応命令」発令。荒天を衝いてなお航行を続けた同船は、21:00ごろに湖北省荊州市監利県の流域に差し掛かった。当時の状況は、江は逆巻き風吹き荒び、天には稲妻という壮絶なもの。
 ほぼ同時刻、同水域を航行中だった別の観光遊覧船「長江観光1号」は、風を避けるため航行と停船を繰り返していて、ちょうど停船中の同船を追い越す形で「東方之星」が遡上していき、やがて同船の視界から消えた。実にその時、21:23ごろに「東方之星」は突然バランスを崩し、水流に流される形で180度以上回頭、そのまま下流に流されつつさらに船体が傾き、21:31ごろ転覆沈没したとみられる。バランスを崩してから7~8分の出来事だった。

 救助された生存者14人中、5人が乗組員。うち、船長と機関長は救命胴衣を着用していた。いずれも、船体が傾いてから2分ぐらいで逃げ出したらしい。乗客に対する避難誘導等は無かった模様。救難信号の発信も無く、事故の第一報は同船から水流に押し流される形で奇跡的に助かった乗客の1人が、岸まで泳いで這い上がった後、沿岸をさらに30分も走って、出会った人に通報を頼んだものだという。先の「長江観光1号」からも、事故は確認できなかったらしい。

 同船には、救命浮き輪30個、救命胴衣672着、児童用救命胴衣27着が装備されていたとされる。しかし、それらを活用することはできなかった。
 しかし、乗客の年齢構成をみると、例え全員が救命胴衣をすぐ着用できたとしても、生還は難しかったかもしれない。現時点で判明してる範囲で、乗客の最高齢は83歳。最低年齢は3歳。50歳以上の者が95.7%、60歳以上だと79%と、実に8割近くが高齢者。また、学校にプールがないところがまだまだ多いため、泳げない人が少なくないという事情もある(ついでに言えば、文革時代に青少年時代を過ごした世代。水泳どころではなかったろう)。荒天で月もない夜間に、渦巻く濁流に飛び込んでも、岸にたどり着くのは容易ではなかったろうと思われる。無理に航行を続けず、停船していれば事故は防げたのではないかという結論である。

詳しい全文は以下に↓
http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20130401/245954/

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