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征韓論と北海道防衛。書評:『「地政学」は殺傷力のある武器である』(兵頭二十八著、徳間書店)

 軍学者の兵頭二十八先生の著書『「地政学」は殺傷力のある武器である』を読んだ。本書は「地政学」という、言葉は知っていても意味や定義が今一つ掴みにくい学問について、その歴史や成り立ちと「効用」について、マハンマッキンダースパイクマンの言説を辿りつつ、平易に詳述している好著です。地政学について知りたい人には入門書として、また、既に地政学について知ってる人にも十分読み応えのある内容です。
 どれも興味深い内容ですが、特に興味を覚えた点を一つ紹介したいと思います。
 それは、西郷隆盛の「征韓論」が、地政学の観点からどう評価できるかというもの。
 以下、本書の252~4頁「薩摩の地政学」から一部引用させていただきます。
 

 幕末に日本列島の周辺を地政学的に眺めていた人としては、まず薩摩の第11代藩主・島津斉彬(藩主1851~58没)に指を屈しなくてはならぬであろう、と、わたしは思っています。
 そのゆえいかんとならば、斉彬が直接に世界情勢を教えたとされている西郷隆盛が後に人に語っていた征韓論の骨子が、〈北海道を防衛するためには朝鮮半島経由でポシェット湾(ウラジオストク)からニコライエフスクまで日本陸軍が前進して陸上で会戦しなければならない〉という、卓抜なものだったからです。
  (中略)
 樺太から北海道に南下してくるロシア軍にその企図を放棄させるいちばん確実な方法は、北海道で敵の襲来を待つことではありませんでした。
 むしろ朝鮮半島経由で沿海州まで日本陸軍が進出して、ウラジオストクや、さらにはニコライエフスクまでも脅かしてやることであったのです。
 なぜか。
 そのような圧力をこちらからかけているうちは、ロシア軍は側面や後方線が危険で心配になりますから、とても樺太に大軍を渡して南下させるどころではありません。それによって北海道は戦場となることを確実に免れるのです。
 日本の主導によって、沿海州を最前線とし、朝鮮半島を補給道路とし、北九州を後方基地とする「単一フロント」のシフトに奇麗に整理することが可能になるのです。日本国民が打って一丸となれば、この防衛シフトは持続可能でした。
 以上、引用終わり。(※太字は小生による)
 征韓論の真の目的は、北海道防衛にあった。これがもし北海道と北九州の二正面で防衛線を構築して、ロシアと対峙したらどうなったであろうか?
 以下、254頁から引用。
 
 ロシア軍は、まず朝鮮半島を併呑し、韓国南部に大きな兵営を設け、農村から糧食を徴発し、朝鮮人を補助兵卒に仕立てたはずです。そして、樺太南端にも北海道侵略部隊を養い、朝鮮半島から北九州を攻撃するのと同期させて、北海道に侵攻してくるでしょう。
 そうなったら、日本は、北と南に二つの防衛正面を設けるシフトを敷かねばならなくなります。当時の国力からしてそのようなシフトを充実させることはまず無理でしたろう。おそらく、北九州の占領地を返してもらうかわりに北海道まるごとをロシアへ譲り渡すといった講和条約を、日本政府は結ばなくてはならなかったでしょう。
 以上、引用終わり。
 日本列島は、丁度北方は樺太が北海道へ、西方は朝鮮半島が北九州へ手を伸ばす地勢であり、この二つがもし同一勢力の手にあれば、日本は両面作戦を強いられることになり著しく不利になります。征韓論は、両面作戦を日本のイニシアチブで回避する防衛戦略であったことが理解できましょう。地理という所与の条件が人知では変更不能である以上、他の選択肢はありません。もちろん、朝鮮が独立国として自力で近代化を達成し、ロシアや清国に対して実力を持って独立を維持する気概を持っていたなら話は別ですが、それは全く期待できないことです。(なぜ朝鮮及びシナという儒教圏諸国をあてにしてはいけないかは、第5章シナ大陸の地政学に詳述されています。)
 しかし、日露戦争の結果、事態は急変します。樺太作戦で南樺太を得たことで、もはや朝鮮半島は北海道防衛(ひいては日本防衛)に必要ではなくなったのです!南樺太に守備隊を置くことで、北海道を防衛できる目途が立ったからです。日本海海戦(明治三十八年5月二十七日~二十八日)で全滅したロシア艦隊が復活したとしても、もう沿海州から北海道を脅かすことはできなくなったのです。この時が、朝鮮と縁を切る好機でした。もう、半島に兵を置く必要はないのです。後は、半島も満洲も開放市場としてやれば、欧米の商人(と、その背後の各国政府)が、権益維持のためロシアや清国が半島に手を出すことを防ぐでしょう。
 現実には、日本はその後日韓併合などと余計なことをして、半島のインフラ整備など行ったものの、大東亜戦争に敗北した結果、半島と満洲に対して行った投資は全て無駄になってしまいました。もちろん、明治三十八年の時点で日本が敗北する未来を正確に予見できる人間などいるわけがありません。しかし、もし半島など放っておいて、その分を北海道や奄美・沖縄などの離島のインフラ整備や殖産興業に差し向けていたら、どれ程日本人にとって有益だったことでしょう。
 そればかりか、朝鮮人と必要以上に関わらずに済むなら、その後の不快な問題のあれこれも未然に防ぐことができたはず。それは日本人にとっても朝鮮人にとっても望ましいものだったことでしょう。返す返すも残念なことですが、過去の歴史は今更変えられません。しかし、未来は違う。
 本書では、地政学から導き出される日本の未来への処方箋も提示されています(詳しくは、第8章日本防衛の地政学)。読んで損はないですよ、奥さん!

 (話は変わりますが、熊本地震に対し米軍がオスプレイで救援物資を運んでくれたことを批判する人間がいるようですが、一体どうゆう料簡なのでしょう?
 例えば、突然の転勤か何かで急に引っ越す必要があったとしましょう。急なことで引越業者がなかなか決まらなくて困っていたところ、友人がダンプでやって来て「ヘーイ!コレデ運ビマショウ!」と言ってくれたとします。すると、それを見た近所の人が、「ダンプなんて、デカくてうるさくて危ないじゃないか!なんで軽トラ使わないんだ?!」と、文句を言ってきたとします。自分では引越し手伝ってくれるわけでもないのに。
 猫の手も借りたい時に助力を申し出てくれるなら、「ありがとう」といって協力してもらうべきでしょう。物資の輸送に関して、オスプレイは猫より役に立ってくれました。それのどこがいけないのです?)

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