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今日は何の日?「タラワの戦い始まる」(昭和十八年十一月二十一日)

 タラワ諸島のベチオ(ベティオ)島は、中部太平洋の最前線基地。日本は同島を占領後、横須賀第6特別陸戦隊を改組した第3根拠地隊に加え、精鋭佐世保第7特別陸戦隊を増派して、守備を固めていた。総兵力は約2800人。他に滑走路設営や整備のための軍属など含めて、約4800名が在島していた。
 海軍特別陸戦隊とは、海軍が上陸作戦や島嶼防衛用に編成した陸戦部隊で、1個大隊相当の歩兵を基幹兵力とし、これに砲兵隊や戦車隊などを編合した諸兵科連合部隊。佐世保第7特別陸戦隊は特に精鋭部隊で、装備も優良。指揮官は陸軍で本格的な陸戦の訓練教育を受けており、陸式に同僚や部下を「貴公」と呼んでいたという。
 守備隊は、陸軍参謀本部から築城(要塞戦、陣地構築のプロ)の専門家を招聘して助言を受け、島内に堅固な複郭陣地を構築して待ち構えていた。そこへ米軍35000人が来寇し、大激戦になった。結果、3日間の戦闘で日本側は玉砕した。戦死者4713名ともいわれる。戦死者が異常に多いのは、徹底抗戦の結果でもあるが、米軍が捕虜をとらず、その場で負傷兵を射殺したのではないかともいわれている。
 勝者の側の米軍も大損害を受け、「恐怖のタラワ」(terriblie Tarawa)という言葉を残した。日本軍玉砕の翌日である二十四日には、救援に間に合わなかった潜水艦伊157潜が、付近海域で米側の護衛空母リスカム・ベイを撃沈している。
 余談だが、米国では強襲揚陸艦に上陸作戦の戦地の名前をつけることが慣例で、タラワの戦いに因んだその名も『タラワ級強襲揚陸艦』(満載排水量38900トン、全長250m、全通甲板式。同型艦5隻、全艦退役済み)のネームシップとして、強襲艦タラワ(LHA-1)が存在した。ちなみに、2番艦はサイパン、5番艦はペリリュー。

 詳しい戦闘の様子を知りたい方は『タラワ、マキンの戦いー海軍ギルバート戦記』(谷浦英男著、草思社刊)を読むことをお勧めする。

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