歴史・史実

ゾルゲ事件の教訓が生かされていない。

 福田淳一氏は、近づいてきたのがテレビ朝日に社員とわかった時点で、

テレ朝といえば朝日新聞系列→朝日新聞といえば尾崎秀実→尾崎といえばゾルゲ事件スパイの可能性大!

と、すぐにピンとこなければならなかった。国家財政上の機密を知る次官という立場で、余りにも軽率な行動であった。その上ハレンチな言動で恥の上塗り。同情の余地なし。

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今日は何の日?「坊ノ岬沖海戦:沖縄救援に出撃した、聯合艦隊最後の水上部隊が壊滅!」(昭和二十年四月七日)

 今日は「坊ノ岬沖海戦」で戦艦大和以下6隻の艦艇が沈み、3700名の男たちが死んだ日である。出撃した10隻(戦艦1、軽巡1、駆逐艦8)のうち、生還できたのは駆逐艦雪風、初霜、冬月、凉月のみ。大和、矢矧、朝潮、浜風、磯風、霞が失われ、作戦は失敗した。
 これを無謀といえば、確かに無謀。暴挙と言われても仕方ないかもしれないが、米軍の猛攻を受けつつある沖縄を救うために、死地に赴いた男たちがいたことを、忘れないでほしい。

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今日は何の日?「奉天会戦勝利」明治三十八年三月十日。

 日露戦争陸戦のハイライトとなった、奉天会戦。戦闘の詳細は、日本人なら当然知ってるはずなので割愛するが、日本軍24万対ロシア軍36万が激突した、一大ページェントだった。これ程の大会戦は、ナポレオン戦争以来で、以後第1次大戦まで無い(わずか10年だが)。すごい話だ。

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二・二六事件から82年。

 昭和11年2月26日、雪の帝都に戒厳令。二・二六事件からちょうど82年たつんですね。

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たった四杯で夜も眠れず

 帆船は風を帆に受けて推進する。急激な後進はできない。
 一方、蒸気船は動力推進のため、自由に前進後退が可能である。ここが帆船との決定的な差!
 詳しい航路図や湾内の測量図がない初見の港湾に侵入しても、帆船では未知の暗礁に気付いても後進が効かないため回避は困難。しかし、蒸気船には高い機動力があり、回避の可能性は帆船よりは高い(あくまで、帆船と比較すればの話だが)。
 海外情報にある程度通じていた知識人や豪商等の高級町人にも、それは既知であった。江戸湾へ蒸気船の侵入を許せば、湾内の制水権は相手に抑えられてしまうことが、幕閣だけでなく町人たちにも知られていたのである。だから、大騒ぎになった。
 さらに言えば、当時百万都市だった江戸では、必要な物資は海上輸送に頼るよりなく、陸路からの搬入のみでは人口を支えることは不可能だった。江戸湾を抑えられれば、全く死命を制されてしまうのだ。米問屋など、流通に関わる町人たちも、それは骨身にしみていた。
 しかし、町人たちもただ大騒ぎしていただけではない。幕府にユニークな海防策を献策する者もいたという。玄人の芸者衆を黒船に送り込み、酒色でもてなして骨抜きにしたところで、料理人として一緒に乗り込んだやっちゃ場の若い衆が乱入して、出刃包丁でメリケンどもを膾切りにしようというもの。実行はされなかったが、後年薩英戦争で薩摩藩が似たような作戦(爆弾をスイカに偽装して、英国艦に売りつけ爆破しようとした)を実行して不首尾に終わった事を考えると、失敗した公算が高い。

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皇紀二千六百七十八年の「建国記念日」

 今日は「建国記念日」です。それ以外、特になし。以上happy01

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カエセ!北方領土。

 昨日のブログ(こちら)でも書きましたが、今日は「北方領土の日」です。
 言いたいことは昨日書いてしまったので、下手なイラストを描いてみました

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阪神淡路大震災から23年。

 あの震災から、もう23年たつのか。その間、日本は災害に強い国になっただろうか?そうでなければ、犠牲者は誰も浮かばれないweep

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今日は昭和が始まった日。

 大正十五年十二月二十五日、大正天皇崩御。即日、皇太子裕仁親王(当時)が即位し、元号を昭和と改元した。今から91年前(西暦1926年)のことである。

(昭和はどんどん遠くなっていくよ)

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12月14日といえば

 昔は赤穂浪士四十七士吉良邸討ち入り(元禄十五年十二月十四日=西暦1703年1月30日)と相場が決まっていたのだが、最近はほとんど話題にもならない。
 もっとも、昔は単純に「美談」とされていたけど、最近では「被害者のはずの吉良が襲われるのは理不尽!襲うなら幕閣襲えよ!!」とか「幕府の吉良家つぶしに利用された上に、使い捨てにされたんじゃないの?」という意見もあって、単純ではない。(徳川家の前身である松平家は、三河時代から塩田を巡って吉良家と確執があったとかなかったとか・・・)
 とはいえ、やはりこの時期、忠臣蔵がないのはさみしいな。

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