歴史・史実

たった四杯で夜も眠れず

 帆船は風を帆に受けて推進する。急激な後進はできない。
 一方、蒸気船は動力推進のため、自由に前進後退が可能である。ここが帆船との決定的な差!
 詳しい航路図や湾内の測量図がない初見の港湾に侵入しても、帆船では未知の暗礁に気付いても後進が効かないため回避は困難。しかし、蒸気船には高い機動力があり、回避の可能性は帆船よりは高い(あくまで、帆船と比較すればの話だが)。
 海外情報にある程度通じていた知識人や豪商等の高級町人にも、それは既知であった。江戸湾へ蒸気船の侵入を許せば、湾内の制水権は相手に抑えられてしまうことが、幕閣だけでなく町人たちにも知られていたのである。だから、大騒ぎになった。
 さらに言えば、当時百万都市だった江戸では、必要な物資は海上輸送に頼るよりなく、陸路からの搬入のみでは人口を支えることは不可能だった。江戸湾を抑えられれば、全く死命を制されてしまうのだ。米問屋など、流通に関わる町人たちも、それは骨身にしみていた。
 しかし、町人たちもただ大騒ぎしていただけではない。幕府にユニークな海防策を献策する者もいたという。玄人の芸者衆を黒船に送り込み、酒色でもてなして骨抜きにしたところで、料理人として一緒に乗り込んだやっちゃ場の若い衆が乱入して、出刃包丁でメリケンどもを膾切りにしようというもの。実行はされなかったが、後年薩英戦争で薩摩藩が似たような作戦(爆弾をスイカに偽装して、英国艦に売りつけ爆破しようとした)を実行して不首尾に終わった事を考えると、失敗した公算が高い。

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皇紀二千六百七十八年の「建国記念日」

 今日は「建国記念日」です。それ以外、特になし。以上happy01

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カエセ!北方領土。

 昨日のブログ(こちら)でも書きましたが、今日は「北方領土の日」です。
 言いたいことは昨日書いてしまったので、下手なイラストを描いてみました

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阪神淡路大震災から23年。

 あの震災から、もう23年たつのか。その間、日本は災害に強い国になっただろうか?そうでなければ、犠牲者は誰も浮かばれないweep

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今日は昭和が始まった日。

 大正十五年十二月二十五日、大正天皇崩御。即日、皇太子裕仁親王(当時)が即位し、元号を昭和と改元した。今から91年前(西暦1926年)のことである。

(昭和はどんどん遠くなっていくよ)

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12月14日といえば

 昔は赤穂浪士四十七士吉良邸討ち入り(元禄十五年十二月十四日=西暦1703年1月30日)と相場が決まっていたのだが、最近はほとんど話題にもならない。
 もっとも、昔は単純に「美談」とされていたけど、最近では「被害者のはずの吉良が襲われるのは理不尽!襲うなら幕閣襲えよ!!」とか「幕府の吉良家つぶしに利用された上に、使い捨てにされたんじゃないの?」という意見もあって、単純ではない。(徳川家の前身である松平家は、三河時代から塩田を巡って吉良家と確執があったとかなかったとか・・・)
 とはいえ、やはりこの時期、忠臣蔵がないのはさみしいな。

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米国同時多発テロから16年。

 平成13年9月11日に発生した「米国同時多発テロ事件」から早16年。月日が流れるのは早いね。

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今日は何の日?「ポーツマス条約締結」(明治三十八年九月五日)

 今日は日露戦争(明治三七三八年戦役)の講和条約である「ポーツマス条約」が、交渉地の米国ポーツマスで締結された日である。(現地では9月4日、1905年)日本側全権は小村寿太郎。ロシア側はセルゲイ・Y・ウィッテ全権。この条約により、日本勝利で日露戦争が終結した。

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「Veni,Vidi,Vici」 (来た、見た、勝った!)

 人類の歴史は戦争の歴史。今日8月2日も、過去に大きな戦いがあった日である。
 紀元前338年には、アテネ・テーベ連合軍とマケドニアが激突した「カイロネイアの戦い」(マケドニア軍勝利)。
 紀元前216年には、共和制ローマとカルタゴのハンニバル将軍が戦った「カンネーの殲滅戦」(ハンニバルが両翼包囲戦術で芸術的勝利)。
 そして、紀元前47年の「ゼラの戦い」。ローマのカエサルが、ポントス王国(小アジア・アナトリアの黒海沿岸にあった、アレクサンダー大王の帝國分裂後のヘレニズム国家群の後裔)のファルナケス2世と戦い圧勝。その際、カエサルがローマの元老院に送った戦闘詳報が、上記の3語。簡潔すぎるレポートだ。

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今日は何の日?残虐非道の「通州事件」(昭和十二年七月二十九日)

 北朝鮮のミサイル発射のニュースには驚かされました。

 さて、今日7月29日といえば、「太平洋奇跡の戦い」と言われた「キスカ島撤退作戦」(昭和十八年)が有名ですが、忘れてならないのは昭和十二年に発生した「通州事件」です。支那人による残虐非道、酸鼻を極めた虐殺暴行の事実を、決して忘れてはなりません。

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